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ウィンザーチェアー紹介 |
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| ANATOMY OF WINDSOR CHAIRS |
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− 劫初より作り営む殿堂にわれも黄金の釘ひとつ打つ (与謝野晶子) − アメリカへ行こうではないか!(レオ・ヒューバーマン「アメリカ人民の歴史」より) |
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ベンジャミン・フランクリン、ジョージ・ワシントン、ジョン・アダムス、トーマス・ジェファーソンら歴代合衆国大統領から一般市民にいたるまで、最も愛用され続けた家具の中の家具。 18世紀のアメリカから出現した最もアメリカの伝統を体現した家具。 老若男女を問わず、あらゆる階層の人々が使用した最も民主的な家具。 屋内、屋外、公共施設、一般家庭で幅広く使用され、伝承の技巧とイノベーションに裏打ちされた質実剛健さと美を併せ持つ家具。 それがアメリカンウィンザーチェアーの姿です。本当のウィンザーチェアーをご覧になったことがあるでしょうか。いささか退屈な長広舌を垂れさせて頂きますので、暫くの間ご容赦頂ければ幸いです。 |
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わが国では昭和28年頃から英国の陶芸家バーナード・リーチらの指導により松本民藝家具がイングリッシュウィンザーチェアの製作を開始しております。デザインは背もたれにバック・スプラットと呼ばれる装飾板の付いた椅子です。 「我に自由をしからずんば死を」(パトリック・ヘンリー) アメリカにおける英国植民地、東部13州(the Colonies)*の人々の独立への熱情、辺境開拓、アメリカ資本主義の生成発展とともにあらゆる人々の生活に浸透して行ったアメリカンウィンザーチェアの存在感と力動を、閉塞感に満ちた今の時代にご紹介したいと思います。 ルイザ・メイ・オルコットの「若草物語」、ローラ・インガルス・ワイルダーの自伝的作品「大草原の小さな家」シリーズにもウィンザーチェアーが随所に登場して参ります。
注: イギリスが新大陸に最初に建設した大西洋岸の植民地 ニューイングランド植民地(コネティカット、ロードアイランド、ニューハンプシャー、マサチューセッツ)・北部植民地(ペンシルバニア、ニューヨーク、ニュージャージー、デラウェア)・南部植民地(メリーランド、バージニア、南北カロライナ、ジョージア) アメリカ合衆国建国の歴史はここからスタートする。
先ずウィンザーという言葉は特別な様式の家具を指します。体の形に沿ってくりぬいた無垢の座板(2インチ厚 主にカエデやクルミ材)に脚を差し込み、またスピンドルという細い棒を何本も差し込んで背もたれとすることからstick furniture(棒家具)とも呼ばれています。基本的にはホゾ組構造の椅子で釘は使わず、楔で留めます。脚や肘掛部分はロクロ加工で装飾されており、そのデザインは時代や場所により異なっております。1730年代、アメリカンウィンザーチェアーの製作はロクロ師(turner)の仕事でありましたが、彼らが伝統的に用いた製作メッソドには依存せず、イギリスのクイーンアン様式などに見られる製作方法とは全く異なる方法で作られたのが、アメリカンウィンザーです。
ウィンザーチェアーの名称の由来は、イングランド国王ジョージ二世がキツネ狩の途上、農家で雨宿りした時に、座板に脚を差込み、背もたれはスポーク状の棒を差し込んだシンプルな椅子を見つけ、ウィンザー城に帰還後同じ椅子を作らせて城内で遍く使用したことからこの名称があります。「ウィンザーチェアー」の名は初代エグモント伯爵による叙述の中に初めて現れておりますが、ステイタスシンボルとしてブームになりウィンザーチェアーはイングランド南部諸州で作られ、ウィンザーの名は椅子のみならず、ウィンザーカーテン、ウィンザー煉瓦、ウィンザー豆、ウィンザー石鹸、ウィンザー桶のように様々な製品に冠されております。ウィンザーチェアーは初期にはガーデンファニチャーとして当時の上流家庭で人気を集めております。背がシースルーなので庭園の風景を妨げない、座っていても背が蒸れない、シースルーなので風が吹いても倒れない、グリーンにペイントしたウィンザーチェアーは風景に溶け込み、天候に強いことからイングリッシュガーデンには必ずウィンザーチェアーを設置したものであります。貴族好みの英国ウィンザーの製作は指物師、彫刻師、画家、金箔師、室内装飾業者などの技能を必要としたのであります。金箔や彫刻、絵画で飾ったウィンザーチェアーは上流階級の椅子でありながら、シンプルなものは一般市民でも購うことが出来る民衆性を兼ね備えております。
1720〜30年代に最初のウィンザーチェアーがイギリスの植民地である東部13州、特にフィラデルフィアに輸出されております。当時これを入手できる余裕のある人々は次第に家具のみならず、衣類、壁紙、食器などロンドンのファッションにも目を向け、自分たちの生活の中に積極的に取り込もうとするようになります。ここからアメリカ独自のウィンザーチェアーの生産が始まります。アメリカで改良されたウィンザーチェアーの特徴の一つに座面の高さ調整用に脚をカット出来るように、イギリスウィンザーの特徴である猫脚(cabriole leg)やボールフットと呼ばれる接地面に球状の飾りを付けた脚をやめ、テーパードレッグと呼ばれる先細りの円筒形脚を採用していることがあります。これにより、量産と椅子のカスタムメードが可能になり、またイギリスウィンザーチェアほどの匠の技を必要としなくなり、次第に椅子製作の現場では各パーツの製造、組み立ての分業(division of labor)体制が確立して参ります。蛇足ながら日本では少し後になりますが、木材の流通・運搬手段が発達し、突き板の技術が進んで来ると俄然、箪笥生産の勢いが増して来ます。(下図参照 葛飾北斎 富嶽三十六景より遠江山中) |
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| 現地のロクロ師(turner)や椅子職人(Chair Wright)の創意工夫により、早くも1750年代にはアメリカ東海岸一帯に真正アメリカンウィンザーチェアーの製作会社が澎湃として勃興しています。アメリカで最初にウィンザーチェアーが登場した場所に因んで、コロニアル様式の肘付ウィンザーチェアーをフィラデルフィア・チェアと呼びます。これは通常、背もたれの形状が櫛に似ているところから、コームバック・チェア(comb-back chair)と呼ばれているもので、アメリカンウィンザーチェアーの最も伝統的なデザインです。アメリカンウィンザーチェアーに流れている基本精神は??独立??の二文字。アメリカンウィンザーにはイギリスのそれと違い、背飾り(splat)や猫脚(cabriole leg)を排しています。アメリカ独立の20年前から独自デザインの開発や量産体制の確立は本国イギリスに対する挑戦であり、アメリカ資本主義の先鞭ともなるものです。わが民藝運動の創始者である柳宗悦ふうの言を借りれば、まさに名も無き工人の誠実で健康的な手仕事を通してアメリカの歴史を垣間見ることが出来るのです。 |
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| 現代アメリカの代表的なウィンザーチェアー工芸家、ラリー・ウィリアムズの作品をご紹介いたします。氏はアメリカンウィンザーの中興の祖でウィンザー・インスティチュートの代表者マイク・ダンバー氏の教え子として、伝統的製法で100%手作りの真正アメリカンウィンザーをカリフォルニア州サンバレーの工房で作っています。写真の後列、腕組みしている人物がラリー・ウィリアムズ。 |
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